琉球古武道とは

空手の発生と共に誕生した「棒、サイ、ヌンチャク、トンファー、鉄甲、ティンベー、鎌、エーク」を使用する古武術の総称です。(下段画像参照)
沖縄では「空手と古武道は車の両輪」と例えられています。沖縄信武館本部には、異なる流派の空手家が集まり稽古に汗を流しています。

※日本本土には、空手道場数に対して「車の両輪」となるほどの琉球古武道道場はないようです。

歴 史

 14世紀頃、沖縄(琉球)では各地に城(グスク)を構えた三つの王が並立する時代が約100年続きました。南部の南山(大里)、北部の北山(今帰仁)、中部の中山(玉城)でこの時代を「三山時代」と言います。15世紀(1400年代)初め尚巴志によって三山が統一されました。
 三山統一後、国は平和になり、後に反戦平和を愛する尚真王代は、刀剣、弓矢の個人私有を禁止し、さらに政治の中央集権化、貿易振興、都市の美化、芸術奨励が行われました。平和な時代になりましたが、個人での武器私有が禁止なり、一般住民や武士階級に於いては、自己防衛のために、日常の生活民具を武器化するように研究されるようになったようです。
 1609年島津藩の琉球侵攻を境に王家が衰退し、武士たちが各地域に散らばり、いつしか庶民の間に「空手(手ティー→唐手→空手)」と共に琉球古武道(武器術)が広まり密かに受け継がれたとされています。

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