瞬く間の50年 その2

琉球空手・琉球古武道本田道場(Ryukyu Kobudo Shimbukan)

「過渡期」はこんな感じでした。

団体演武で参加していた頃、「組手」はペラペラの拳サポーターだけで殴り合っていたように思います。

現在のルールでは、8ポイント差または競技時間終了時にポイントが多い方が勝者となります。

当時は2本又は3本勝負だっと思います。だから、「取って取られて」の攻防は難しく、「蹴り」「突き」「足払い」全ての技が1本(1ポイント)

だったから「蹴り技」(回し蹴り、裏回し蹴り等の大技)は余りありませんでした。

また、「突き」が顔面にヒットしても「当てられた方が未熟」だからと我慢していましたね。

形は「指定形」など無く流派の形を自由に演武していました。

大阪は沖縄から移り住んだ人が多かったのか、今から思うと沖縄の特徴ある形をたくさん見る事が出来たと記憶しています。

琉球空手・琉球古武道信武館 本田道場

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